10月7日、東京ベイ潮見プリンスホテル(東京都江東区潮見2-8-16)のロビーの窓ガラスに、秋の水辺を描いた絵が仕上がった。描いたのはチョークアーティストの金城まみ。画材は日本理化学工業のキットパスで、水拭きで落ちる。公開は11月5日まで。制作に3日、展示に1か月弱、会期が終われば窓には何も残らない。販促物の尺度で見ると奇妙な収支だが、同社は2025年からこれを受注事業として組み立てている。発注側に回ったときに決めるのは、窓1面の単価ではなく、アーティストを3日間ロビーに置く段取りだ。
金城まみが3日で描いた秋の水辺は11月5日に水拭きで消える
金城まみは神奈川県大和市を拠点に、店舗や施設の看板制作とチョークアート講座を手がける。食べ物のおいしさを手描きで表す「シズルボード」の考案者で、2022年の第21回女性起業家大賞ではグロース部門特別賞を受けている。ふだん店頭の黒板に描いている人に、ホテルのロビー窓を一面まるごと任せたことになる。
画材のキットパスは、米ぬかから採れるライスワックスを主原料にしたマーカーだ。ガラスのような平滑な面に発色し、濡れた布で消える。日本理化学工業は、あとできれいに消せることを理由に、飲食施設や医療施設でも使える画材だと案内している。描いたものが残らないのは、貸し会場や賃借物件で装飾を考える側からすると弱点ではなく条件のほうに入る。
白く残した中央に10月10日から映像を投影して同じ窓を二度使う
今回の作品は中央を白い背景として残し、10月10日からそこへプロジェクターで映像を映す予定になっている。手描きの絵は会期中そのままで、映像は差し替えが効く。窓1面に、固定の絵と更新できる映像を重ねた形だ。会期の途中で訴求を切り替えたい販促なら、絵を描き直さずに映像側だけを入れ替えられる。
窓は裏からも見える。同社は、時間帯による光の変化で表情が変わり、外から見ると室内から描いた絵とは違って見えると発信している。ロビーで待っている客と、通りがかりの歩行者の両方に当たる面になる。掲示物の更新をどこに寄せるかという点では、紙を張り替える運用から機材側に移す動きと同じ方向で、5台まで連結できるLEDポスターの事例も差し替えの手間を本体に持たせている。手描きとの違いは、絵のほうは同じものを二度は作れないところだ。
企画からアーティストの手配と消去の清掃まで日本理化学工業が引き受ける
黒板用チョークと水で消えるマーカーを作ってきたメーカーが、画材を売るのではなく施工を受けているのが今回の形だ。1937年創業で、知的障がいのある社員を多く雇ってきたことで知られる会社でもある。同社の案内では、施設のコンセプトと予算に合わせた企画提案、アーティストのマッチング、制作、施工、そして消去のための清掃までを一括で受ける。窓に直接描くことに不安がある場合は専用シートへの施工も選べ、シートには光の反射を抑える効果もあるとしている。今回の潮見の作品も、窓ガラスにフィルムを貼った上に描いたと発表に書かれている。発注の形としては、直接描く案ではなくシート施工の側に入る。対象に挙がっているのはホテル、商業施設、オフィスビル、公共施設、学校などの教育施設、住宅展示場で、窓面の大きい建物が並ぶ。窓口は販売促進チーム(044-811-4121)。
配布ノベルティの見積もりは、単価と数量に版代と送料が乗り、売れ残った分の置き場まで勘定に入る。窓アートには数量という変数がない代わりに、人日と原状回復が乗る。シート施工を選べば、絵を別の店舗に移したり、会期後に保管して再掲したりする余地も出る。原状回復条項のあるテナント区画なら、直接描くよりシートのほうが社内の承認を取りやすい。
来場者に物を渡さない装飾は、一般論として景品類の話にはなりにくい。ただし同じ会期に購入特典や応募景品を重ねるなら、総付景品の取引価額との関係は個別に確認しておきたい。窓の制作費と景品の原価は別の財布で見ておくほうが、あとで線を引き直さずに済む。
潮見とパリとセシオン杉並まで並ぶ4例はどれも窓のある場所だった
同社が公表している実施例は、佐藤周作(東京ベイ潮見プリンスホテル、2025年12月)、マツナガマサエ(東京ベイプリンスホテル、2026年3月)、武藤慧子(セシオン杉並、2026年8月)、佐藤周作(メゾン・エ・オブジェ/パリ、2026年9月)の4件だ。今回の潮見は2025年12月の開業5周年企画と同じ施設での実施で、同社が公表した2025年のアーティスト派遣実績には、潮見だけで3作品の描き替えが挙がっている。同じ施設が繰り返し発注している。ホテルと公共施設と海外の見本市が並ぶと、選ばれているのは通行量ではなく、滞在時間と窓の面積だと分かる。自社の建物に当てはめるなら、人通りの多い路面よりも、座って待つ場所の窓から候補を出すほうが近い。
2025年12月の回について同社は、描き始めると足を止める人が増え、完成に近づくとシャッター音が続いたと伝えている。ロビーのソファで10分以上制作を眺めた客、朝に見て夜に戻ったら進んでいたことに驚いた客、海外からの宿泊客の「消すのがもったいない」という声も紹介された。止めているのは完成した絵ではなく、描いている3日間のほうだ。制作の現場を客の前に出す運びは、車内広告を切らずにサックへ縫い替えたアークテリクスの2日間と骨格が同じで、できあがった物よりも、その場で手が動いている時間が撮られていく。
発注側が詰めるのは平米単価より3日間の立ち会いと窓の養生
窓面の施工は、内側か外側かで段取りが変わる。外側は天候と高所作業が絡み、内側は営業中の動線に脚立が入る。3日間はロビーに人が常駐するので、控え室、清掃、警備への申し送りが要る。会期中は清掃スタッフが窓を拭いてしまわないよう、掲示で止める手当ても必要だ。水拭きで消える画材は、結露や雨でも消える前提で面を選ぶ。
撮影と二次利用の線引きは先に決めておく。手描きの1点ものは版下にならないので、販促物に広げるなら、撮影データをどこまで使えるかが実質的な成果物になる。SNS投稿を狙うなら、絵の前で撮りやすい足元の空きと、館名が写り込む角度まで見ておく。見積もりは消去の清掃が含まれるかで総額が動くので、原状回復を施設側が負うのか制作側が負うのかは契約で分ける。
後始末の軽さは、同じ装飾予算の他の選択肢と並べると目立つ。会期後に残るのは拭き取りの布と洗浄水で、回収や廃棄の工程がない。装飾を廃棄物にしない道筋は他にもあり、回収衣料をオーナメントに変えた松坂屋静岡店のように集めた物を会場の飾りに回す手もある。窓アートはそこから一歩進んで、物を作らないほうに振り切っている。
11月5日を過ぎれば、この窓には何も残らない。残るのは3日間ロビーに立ち会った人が撮った画像と、次の会期にまた同じ人を呼ぶかどうかの判断だけだ。
参照元
- PR TIMES・日本理化学工業「東京ベイ潮見プリンスホテルに新作キットパスウィンドウアートが完成!」
- 散歩の達人・日本理化学工業のプレスリリース(東京ベイ潮見プリンスホテル開業5周年のウィンドウアート)
最終更新:2026.10.14
